大判例

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東京高等裁判所 平成3年(ネ)1540号 判決

控訴人 大日本建設株式会社

右代表者代表取締役 藤井健

右訴訟代理人弁護士 池下浩司

被控訴人 伊藤生久

被控訴人 伊藤敏子

右両名訴訟代理人弁護士 横内淑郎

主文

一  原判決主文第四項及び第五項を次のとおり変更する。

「四 控訴人は、被控訴人伊藤生久に対し、金五〇万円及びこれに対する平成元年四月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。」

二  控訴人の本件控訴のうちその余の部分を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決二枚目表七行目から同一〇行目までの全文を次のように改める。

「本件は、建物建築請負契約に基づく建築工事が進行し、上棟式を経て外壁も備わり、建物としての外観も一応整った段階で、建築工事途上の建物には全体にわたって手抜き工事や回復しがたい施工ミスがあり、修復も不可能であることが判明したとして、その注文者である被控訴人伊藤生久(以下「被控訴人生久」という。)が、請負人である控訴人の債務不履行(履行不能)を理由として、請負契約を解除し、控訴人に対し、原状回復義務の履行請求として、既払の請負代金の返還を求め、また、右建築敷地となった土地の共有者(持分は各二分の一)である被控訴人生久とその妻の被控訴人伊藤敏子(以下「被控訴人敏子」という。)が、その所有権に基づいて、控訴人に対し、右の建築工事途上の構築物(以下「本件構築物」という。)の収去と右土地の明渡しを求め(そのほかに、右土地明渡し済みまでの使用料相当の損害賠償金の支払いをも求める。)、更に、被控訴人両名が、控訴人の債務不履行を理由として、控訴人に対し、慰謝料の支払いを求めるものである。」

二  原判決二枚目裏一行目の「五月上旬」を「五月上旬ころ」に改め、同四行目の「記載の土地)」の次に「の所有権」を加え、同五行目の「昭和六二年五月一七日、原告生久と」を「被控訴人生久は、昭和六二年五月一七日に」に、同行目から同六行目にかけての「工期・着工時から一二〇日、請負代金一四〇五万円とする旨の」を「工期を着工時から一二〇日間、請負代金を金一四〇五万円と定めて」に、同七行目の「建築請負契約が成立した。」を「の建築請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。」に、同八行目の「原告生久は同月二一日に」を「被控訴人生久は、同月二一日に控訴人に対し」に、同九行目の「建築確認を経て、」を「には千葉県建築主事の建築確認を得た。そこで、」に、同一〇行目の「建築工事が進行した。」を「本件建物の建築工事を進行させた。」に改める。

三  原判決二枚目裏一〇行目の次に行を改めて「4 ところで、被控訴人生久は、控訴人に対し、昭和六三年二月三日に到達の書面により、控訴人の債務不履行(履行不能)を理由として、本件契約を解除する旨の意思を表示し、更に同月二三日には、本件構築物を撤去するように求めた。」を加える。

四  原判決三枚目表一行目の「本件土地上の本件建物」を「本件構築物」に、同二行目の「工事」を「て建築工事」に改め、同行目の「続行した場合、」の次に「控訴人において」を加え、同行目の「建築する」を「完成させる」に改める。

五  原判決三枚目表四行目及び同五行目の全文を「2 控訴人において安全かつ快適な通常の住宅を完成させることが不可能であるとした場合、被控訴人生久は、控訴人の債務不履行(履行不能)を理由として本件契約を解除することができるか。」に改める。

六  原判決三枚目表六行目及び同七行目の全文を「3 控訴人において安全かつ快適な通常の住宅を完成させることが不可能であるとした場合、被控訴人生久及び被控訴人敏子は、控訴人の債務不履行により被控訴人らが精神的苦痛を被ったことを理由として、控訴人に対し慰謝料の支払いを請求することができるか。」に改める。

七  原判決七枚目表(物件目録)二行目の「千葉市椎名崎町」の次に「谷津」を加え、同五行目の「(登記簿上)」を削り、同六行目の「換地」を「仮換地」に改める。

第三証拠《省略》

第四当裁判所の判断

当裁判所は、被控訴人らの本訴請求は、①被控訴人らが控訴人に対し、本件構築物を収去して、本件土地を明け渡すこと及び昭和六三年二月二四日から右土地明渡し済みまで一箇月金一五万四〇〇〇円の割合による金員を支払うことを求め、②被控訴人生久が控訴人に対し、既払の請負代金の返還請求として金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月四日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払うこと、並びに慰謝料として金五〇万円及びこれに対する平成元年四月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払うことを求める限度では理由があるから、その限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。そして、その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決が「第三 判断」において説示する理由と同一であるから、これをここに引用する。

一  原判決三枚目表八行目の次に行を改めて、「一 本件紛争の経緯について」を加え、同九行目の項番号「一」を削り、同一〇行目の「によれば」の前に「及び弁論の全趣旨」を、同一一行目の「本件建物」の次に「の」を加え、同裏一〇行目の「本件建物建築請負契約を解除した。」を「本件契約を解除する旨の意思を表示した。」に、同一一行目の全文を「被控訴人生久は、右の解除の意思表示をした当時は、それまでに完成していた部分、すなわち本件構築物を現状のままで控訴人から買い取り、別の建築業者に工事を請け負わせて本件建物を完成させようと」に、同四枚目表一行目、同四行目及び同七行目の各「本件建物」をいずれも「本件構築物」に改め、同五行目の『「本件建物には、』から同六行目の「瑕疵が認められる。」までを「本件構築物の基礎、土台工事、木材の使用方法、外装工事等の現況を維持して工事を続行しても、安全かつ快適な住宅を建築することは不可能であるとされており、そして、その理由としては、次のような点が指摘されている。すなわち、本件構築物の現況には、構造耐力上重要な部分で数多くの瑕疵があり(構造上重要な部分についての瑕疵の例を上げると、①基礎については、割栗石又は砕石地業の形跡がなく、上部躯体から基礎に伝えられたエネルギーを広く地盤面に伝えることが十分にできなくなっている。天端均しの施工がなされていないところがあり、土台との隙間を木片を挟んで埋めているが、土台と基礎との緊結ができなくなる。内部地盤面(整地未施工)と外部地盤面との高低差がなく、防湿対策が計れない。②土台、アンカーボルトについては、必要なところにアンカーボルトがセットされておらず、設置されていてもナットの締めつけが不十分なところが多い。その他多数。)、また、仕上下地や造作にも同じく多数の瑕疵があり、これらの瑕疵を補修しないまま工事を続行することは不適切である。」に、同八行目の「砕石地業がなく、実際には」を「砕石地業がなく、基礎の安定を欠いているから、改めて基礎工事から行う必要があるが、そのためには、」に、同九行目の「基礎から打ち直す」を「基礎を打ち直し、アンカーボルトを適切に据え付け、上部躯体を組み直す」に改め、同九行目の「設計図どおりに」の次に「(なお、後記のとおり、設計図そのものにも問題がある。)」を加え、同裏七行目の『食い違いがあるというべきである。」とされている。』を「食い違いのあることが認められる。」に改める。

二  原判決四枚目裏八行目の「被告による建築工事の続行について」を「本件契約に基づく建築工事の履行不能について」に、同九行目から同一〇行目にかけての「未完成の本件建物」を「本件構築物」に改め、同五枚目表一行目の末尾に「なお、被控訴人生久が控訴人に対して本件契約を解除する旨の意思を表示したのは、前記のとおり昭和六三年二月三日であること、一方、原審における右の鑑定は、平成二年四月に鑑定人らが行った調査の結果に基づくものであることが認められるが、右に認定した本件構築物の瑕疵は、本件構築物の基礎及び土台等の基本的かつ構造耐力上の重要な部分に存在する瑕疵であって、時間の経過に伴って生じた人工的加害あるいは風化その他の自然の影響によるものとは認められないから、右の意思表示と鑑定との間の時間的間隔の存在は右の認定を左右するものとはいえず、その他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。」を加える。

三  原判決五枚目表二行目の「解除の当否について」を「本件契約の解除による原状回復請求について」に改め、同三行目から同裏四行目までの全文を次のように改める。

「民法六三五条によれば、建物その他土地の工作物に関する請負契約においては、仕事の目的物に契約の目的を達成することができないような重大な瑕疵がある場合であっても、注文者は、その請負契約を解除することができない旨規定している。しかし、右の規定は、仕事の目的物が建物等である場合に、目的物が完成した後に請負契約を解除することを認めると、請負人にとって過酷な結果が生じるばかりか、社会的経済的にも損失が大きいことから、注文者は、修補が不能であっても損害の賠償によって満足すべきであるとの趣旨によるものであって、仕事の目的物である建物等が社会的経済的な見地から判断して契約の目的に従った建物等として未完成である場合にまで、注文者が債務不履行の一般原則によって契約を解除することを禁じたものではないと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、本件構築物は、前記認定のとおり、建築工事そのものが未完成である上に、本件構築物を現状のまま利用して、本件建物の建築工事を続行することは不適切であって、本件建物を本件契約の目的に従って完成させるためには、上部躯体をいったん解体した上で、更に地盤を整地し、基礎を打ち直して再度建築するしかないのであるから、本件構築物の社会的経済的な価値は、再利用可能な建築資材としての価値を有するにすぎないものであって、これを超えるものではないというほかなく、しかも、基礎を打ち直して設計図どおりに本件構築物を補修するためには金八四五万円(平成二年四月当時)もの費用を要するだけではなく、本件建物を本件契約の目的に従って完成させるためには、その後更に多額の費用を必要とすると認められることなどを総合して考慮すると、注文者である被控訴人生久は、債務不履行の一般原則に従い、民法四一五条後段により本件契約を解除することができるものというべきである。

そうすると、被控訴人が昭和六三年二月三日に控訴人に対し、本件契約を解除する旨の意思を表示したことは、当事者間に争いがないから、本件契約は同日有効に解除されたものというべきである。したがって、本件契約の解除による原状回復義務の履行請求として、控訴人に対し、既払いの請負代金一〇〇万円(そのほかに、これに対する右支払い後であることが明らかな昭和六三年二月四日から支払い済みまでの商事法定利率年六分の割合による利息)の支払いを求める被控訴人生久の請求は、理由がある。」

四  原判決五枚目裏五行目から同七行目までの全文を次のように改める。

「四 本件構築物の収去及び本件土地の明渡し請求について

本件土地が被控訴人らの共有(持分は各二分の一)であることは、当事者間に争いがなく、控訴人が本件土地上に本件構築物を建築して、本件土地を占有していることは、前記認定の事実から明らかである。そして、本件土地の昭和六三年二月ころ以降の使用料相当額は、一箇月金一五万四〇〇〇円であると認められる。したがって、本件土地の所有権に基づき、控訴人に対し、本件構築物を収去して、本件土地を明け渡すことを求めるとともに、本件契約を解除し、本件構築物の撤去を求めた日の後である昭和六三年二月二四日から右土地の明渡し済みまで一箇月金一五万四〇〇〇円の割合による使用料相当の損害賠償金を支払うことを求める被控訴人らの請求は、理由がある。」

五  原判決五枚目裏七行目の次に行を改めて、「五 慰謝料の請求について」を加え、同八行目の項番号「五」を削り、同行目の「原告らが、」を「被控訴人生久は、」に、同行目の「裏切られた」を「裏切られ、多大の精神的苦痛を被ったものであって、その」に、同九行目の「解除」を「本件契約の解除」に改め、同一一行目の「原告らの」から同六枚目表一行目の末尾までを「被控訴人生久の右の精神的苦痛を慰謝するのに相当な慰謝料の金額は金五〇万円とするのが相当である。したがって、控訴人に対し、慰謝料の支払いを求める被控訴人生久の請求は、右金五〇万円(そのほかに、これに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年四月二八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)の支払いを求める限度では理由があるが、その余は理由がない。」に改める。

六  原判決六枚目表一行目の次に行を改めて、次のとおり加える。

「なお、被控訴人敏子も、控訴人の右の債務不履行により、精神的苦痛を被ったと主張して、控訴人に対し、慰謝料の支払いを求めているが、本件契約が被控訴人生久と控訴人との間で締結されたものであることは、当事者間に争いがなく、被控訴人敏子が本件契約の当事者となっていないことは明らかである。したがって、本件契約の当事者となっていない被控訴人敏子が、控訴人の本件契約上の債務の不履行により慰謝料請求権を取得するものと解することはできないから、被控訴人敏子の慰謝料請求は、理由がない。」

第五結論

以上のとおりであって、控訴人の本件控訴のうち被控訴人敏子の慰謝料請求に関する部分は理由があるから、同控訴に基づき、被控訴人らの慰謝料請求に関する原判決主文第四項及び第五項を本判決主文第一項のとおりに変更し、控訴人の本件控訴のうちその余の部分は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、控訴人申立ての仮執行の宣言は相当でないから、その申立てを却下する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 渡邉等 富田善範)

〈以下省略〉

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